3月12日、立花夫妻が主催する第2期ツナゲルアカデミー3月の定例会に参加してきました。
持続的な学びと成長の場 2期ツナゲルアカデミー
今日のゲストは、独自のCEメソッドで、
3万人のビジネスマンを育ててきた人財育成セミナー講師、湯ノ口弘二さん。
今日のテーマは「究極のBeing」。
私がよく理解できていない「在り方」の話。
BeingとDoing
湯ノ口さんの講演に出てきた
Being=在り方と
Doing=やり方 ・行動について、
湯ノ口さん曰く、
どうしたらお金が稼げる?
どうしたら上手くいく?
どうしたら有名になれる?
物やお金の事
これはDoing。
何に社会は困っているんだろう
自分には何ができるだろう
我は何者?使命は何処に
理想、理念、志
これはBeing。
Doingはミクロ、Beingはマクロ。
DoingはBeingの過程。
Doingは自分の為、Beingは世の中や人の為 等、
湯ノ口さんの言葉に、現在の私の解釈をプラスした表↓
(何年後かは変わっているかも)
Being(在り方)は、Doing(行動)し続けることで見えてくるもの。
悩んでいる暇があったら人に会いにいき、
行動の中で起こる出来事に、自ら「問い」を立て、そこから「何を学べるか」「何ができるか」を考えていく。その行動を繰り返している内に、自分にシックリくる答えに出会う時が来る。
一番してはいけないのは、「在り方」を探すあまりに考えにふけってしまったり、行動の段階で起きた、些細な失敗で立ち止まってしまう事。
上手くいかない時は、自分を責めるのでなく、行動だけを見直していけばいい。
具体的にそんな行動をすればいいのか?
ところで「在り方」につながる「行動」って何だろう。
簡単に「行動しろ」というけれど、
私はそれがどんな行動なのかよくわかっていない。
それはワクワクするような行動?
旅行に行ってみたり。
美味しい物を食べに行ったり、友達と会って遊んでみたり。。。
そうやって、スケジュールをいっぱいにして動き回っていても、
「在り方」にたどり着ける気がまったくしない。
でも、湯ノ口さんの話を聞いていて、
ここで言っている「行動」には前提があるんだなと思った。
それは日々の生活や経験から生まれる「問い」。
ワクワクするとか、しないとか一旦置いて、
自分はいつもどんなものに「問いを立てているのか」を知る。
例えば、私なら母の介護、子育て。
これらの経験は、嫌でも沢山の問いが生まれた。
そんな中で、私が感じている思考パターンは毎回決まっている。
もっと便利な商品を作りたいという感情。
正直、これにワクワクしているのかどうかなんてわからない。
でも、何か経験する度に、同じ事を思うなら、
私の感性を信じて動いて見るしかない。
多少なりともそこに自分の才能を感じていたり、好きだから同じ事を考えるのだと思う。
何も無理して新しい問いを見つけようとしなくても、
今までの人生、そして、日々の経験の中に共通する問いが生まれていた。
自分の問いに向かって進んでみる事。
それが、在り方への第一歩。
虚しい一人ツッコミ
何かしなきゃ、何かワクワクするような事を見つけたいと、
いつも焦っている自分がいたけど、
行動へのヒントならすでにいっぱい持っている。
あとは、それは可能なのか、本当に必要なのか行動しながら考えて行く方が早い。
何かを可能にしてきた人達は失敗を繰り返しながらも動いてきた人達。
そして、こんな事を考えながら、
また、心のどこかでこう思っている。
私よりもっと相応しい才能のある人は他にいる。
いつもそうやって、行動しない理由を探し、
同時に、「いつまでそれをやっているの?」と一人ツッコミを繰り返している。
我ながら本当にめんどくさっ!
自分がもう一人いたら、「あほか!」って声を大にして100回くらい言ってやりたい気持ちです!!!
最後に
湯ノ口さんの講演、究極のBeing。
1時間20分という時間の中で、会場内の全ての人に問いかけるように、大事な部分は自ら「復唱」させていた。その問いかけについて、頭の中で考えている間に、また次の問いかけが来る。
講義中は、休む暇もなく頭を高速回転させ、高速でメモを取っていないと追いつけない。
頭がヒートアップしてしまうのでは?と途中で心配になったけど、
燃料切れになるどころか、ますます頭は冴え、深く色々な事を考えた講演でした。
今回はDoingとBeingの話だけになりましたが、
次回は湯ノ口さんのもう1つの話「場理論」について書きたいと思います。
追記:先日、Doing、Beingについてプレゼンをしました!
その時のレポートはこちら↓
「ライトニングトーク部」で究極のBeing深掘り編をプレゼン。BeingとDoing、空欄部分にどんな言葉を入れる?